中年男性の人生訓「徒然草」を読んで反省する

中年男性の人生訓「徒然草」を読んで反省する


こんにちは。

つい先日、こんな見出しのとある雑誌の一ページを見て、早速「徒然草」を読んでみました。

そうです。

徒然草といえば、歴史や古文でも学んだ吉田兼好が描いた随筆集です。

すっかり中身を忘れていましたが、改めて見ると、確かに人生の生き方を現した言葉。特に人生の半ばを過ぎたちょうど私のような人間にはもってこいの内容でした。

ということで、ざっと読んで、気に入った文言を記録したいと思います。

 

初心の人、二つの矢を持つ事なかれ(92段)

初心者は日本の矢を持ってはいけないという意味。どうしても、2本あると、あとの1本を頼りにしてしまうということで、最初の1本で仕留めるということだそうです。

確かに、予備を持つことで安心感を抱いてしまうこともあるかと思いますが、そうするとどうしても一瞬を無駄にしてしまうこともありますね。

生産性という観点から言っても、このような気持ちは大切ですね。

 

一時の懈怠、すなはち一生の懈怠となる(188段)

一時の怠りがそのまま一生の怠りになる・・・。頭が痛い言葉ですね。

 

あやまちは、やすき所になりて、必ず仕る事に候(109段)

ケガというものは、安全な場所で起こりやすいということ。確かに用心しなければいけないところでは結構注意するけど、もう安心と思った瞬間に油断からケガする場面はよくある話ですね。

会社の慰安旅行で若かりし頃、幹事をしておりました。

バスを降りる直前に必ず言っていたことがあります。

「家のドアを開けるまでが旅行です。気を抜かないように、気をつけて帰ってくださいね・・・」と。こんなことを思い出しました。

 

年五十になるまで上手にいたらざらん芸をば捨てつべきなり(151段)

50歳になるまでにうまくならない芸は捨ててしまったほうが良い・・・。厳しい言葉ですね。あと数年で50歳の私としてはそうならないように、引き続き磨きをかけていきたいと思います。

 

分を知らずして強ひて励むは、己が誤りなり(131段)

自分の身の程を知らないで、無理に努力するのはその人自身の考えが間違っている・・・。確かに身の程知らずはだめですね。自身がわかったうえで、その範囲で努力することは重要ですね。

よき人の物語するは、人あまたあれど、ひとりに向きて言ふを、おのづから人も聞くことこそあれ(56段)

立派な人が物語をするときは、その場に大勢の人がいてもその中の一人に向かって話しかける。それを自然に他の人たちも聞くようになる・・・。

なるほど、これは面白い言葉ですね。私も人前で話すことがありますが、そんな風に話していませんでした。確かに、大勢の中でも、一人めがけて話をすれば、結果として多くの人の心に響くかもしれませんね。

そういった意味では、今私が書いているブログもそうなのかも?!

 

我が智をとり出でて人に争ふは、角のあるものの、角を傾け、牙あるものの、牙を咬み出だす類なり(167段)

自分の知識を振りかざして他人と争うことは、角ある動物が角を傾けて、牙ある動物が牙をむき出しで相手に立ち向かうことと同じこと。

確かに、いろんなことを知っているからと言って、よく自慢する人がいますね。そういうことは他人からねたまれたりと悪いことが起こってしまうという警鐘なんでしょうね。

 

命は人を待つものかは(59段)

命は人の願いがかなうことを待ってくれない・・・。

後でやろう!!って思わずに、今を一生懸命やるっていうことでしょうね。

 

世はさだめなきこそいみじけれ(7段)

人の命は定まっていないからこそ趣がある。

非常に前向きに人生をとらえている言葉ですね。確かにいつ死ぬかがわからないからこそ、面白いといえばそうですね。

以上、「中年男性の人生訓「徒然草」を読んで反省する」でした。

 

参考

「転ばぬ先の転んだ後の「徒然草」の知恵」

「日経おとなのOFF 入門日本の伝統文化」

 

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